「北方領土の日」宮城県気仙沼集会
2010.2.11
政府は昭和56年に2月7日は「北方領土の日」と定めました。
2月7日は1855年に伊豆の下田で日魯通好条約が調印され、平和的に日本とロシアの
国境が択捉島(えとろふ)と得撫島(うるっぷ)との間に確定した日です。
この事実はわが国が北方四島の返還を求める重要な根拠となっています。
終戦当時、北方四島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)に居住していた方々は
17,291人とされ、この元島民で組織する居住者連盟が事務局となり昭和40年8月、
札幌駅前で「北方領土返還要求署名運動」が始まりました。
その後、全国から寄せられた署名の数は平成20年2月に8千万人に達しましたが、
北方領土返還が実現するまで、現在も継続中であります。
(この返還運動の中心的役割をに担ってきた元島民の平均年齢は75歳を超えております)
北方領土問題を解決することは、日ロ両国の利益にかなうもの(平和条約の締結)であり、
しいては世界の平和と安定にも寄与するものです。